帯や主催座談会細密友禅の歴史を語る

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第一回帯や主催座談会

  • 有限会社PRIQIA 熊切 雄三
  • 着物アドバイザー安藤 瞳
  • 細密友禅作家 坂江 伸仁

第1回 『友禅染の成り立ち』はこちらをご覧下さい

第2回 『本阿弥光悦と芸術村』はこちらをご覧下さい

第3回 『地域に見る染色と染料』はこちらをご覧下さい

第1回「友禅染の成り立ち」

帯やを運営するIT会社社長と、細密友禅作家の坂江先生、着物アドバイザーの安藤先生との座談会

安藤
ちょっと帯締(の色)濃いかな?
坂江
はははっ
安藤
(坂江)先生は日本友禅で手描きですけど、
刺繍も糸で色を付けて行くっていう手描きも刺繍も、大変な任務です。
安藤
中国刺繍がものすごく日本に入ってきていて
熊切
ええ
安藤
中国だと蘇州とか、それから汕頭刺繍だとまたちょっと日本刺繍と違いましてね、
熊切
スワトウと言いますと?
安藤
当然、刺繍も中国から日本にはいってきたんですよ。
日本は真似するのが上手で。それ以上になっちゃうんですよ。
坂江
真似かどうかはわかんないですよ。
熊切
真似じゃない?
坂江
(中国の)真似じゃないですよ。すべてのものはアフリカからです。
熊切
アフリカですか
坂江
アフリカです。それが中国に行って日本に来ただけです。

安藤 瞳
安藤先生が着用されているのは、
坂江先生が制作された帯です。

安藤
着物はね、夏の着物と冬の着物があるんです。季節に合わせるとどちらかというと、夏より冬の方がシーズンが長いですよね。
今の7月8月に合わせるのは薄物といって2ヶ月しか着ない着物なんです。
今日着ているのは全部夏物です。
夏冬問わず、季節感も合わせてっていうとこちらとか(先生の作品を見て)「オシドリ」は通年ですか?先生
坂江
一般的には夏なんですよ。水鳥だから。でもオシドリは今は一年中ですね。
安藤
なるほど。オシドリっていうのはオシドリ夫婦っていうでしょ。
あれなんでだかわかります?
オシドリは動物の中でも珍しく、一夫一婦制なんです。
どちらかが死ぬと、もう他とは絶対に交わらない。
そういうところがあって、結婚式にオシドリの着物を着て行ってあげると身が固くて、おめでたい、オシドリ夫婦のようになってくださいって意味になるのよ。
熊切
なるほど、興味深い!
安藤
そうだけど、今なかなかいないでしょ!
一同
坂江
(オシドリが)ずっと一緒にいるってことになってますけどね、どうかなぁ笑

坂江 伸仁 作 「おしどり」
坂江 伸仁 作 「おしどり」

安藤
(作品を見て)先生の一番得意とする茶屋辻模様です
坂江
これは本当は着物なんです。上野の博物館にあるのは総柄の夏物の着物なんですが、私は帯にしてみたり、一部だけ描いてみたりしているんです。
坂江
江戸時代前半の1600年ごろは、一つの屋号に一つの仕事だったんです。
それまでは「ローケチ、キョウケチ、コーケチ」の「サンケチ」と言うんだけど型と絞りとローケチの3つしかなかったの。そこへ、突然「茶屋染」っていう藍の濃淡で表現することがはじまった。
あと「糸目」っていう(作品を指して)この白抜きの線ができたから、日本独特の染色がはじまったんだよね。細かいタッチが表現できる。
坂江
糸目って言うのは糊で、糊ののったところには色は染まらない。みなさん、手描きっていうと筆でね、描いてると思われるかもしれないけど。
坂江
本当は友禅染って、特に宮崎友禅斎は、それは糊で書くわけですね。そこに色を入れていくの。
だから多色染めができるようになったの。それをやり始めたのが1600年代の真ん中。それまでは藍の濃淡しかなかった。
安藤
そこに、色を入れられるようになった。色と色が混ざり合わないように糊を置く。それが、友禅斎が発明したことだった。それで宮崎友禅斎の名前から、友禅染って言うようになったんですよね!

坂江 伸仁 作 「茶屋辻」
坂江 伸仁 作 「茶屋辻」

第ニ回 『本阿弥光悦と芸術村』はこちらをご覧下さい

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