帯や主催座談会細密友禅の歴史を語る

第一回帯や主催座談会

  • 有限会社PRIQIA 熊切 雄三
  • 着物アドバイザー安藤 瞳
  • 細密友禅作家 坂江 伸仁

第1回 『友禅染の成り立ち』はこちらをご覧下さい

第2回 『本阿弥光悦と芸術村』はこちらをご覧下さい

第3回 『地域に見る染色と染料』はこちらをご覧下さい

第3回「地域に見る染色と染料」

安藤
(模様を指して)この茶屋辻の家なんですけど、これはお茶屋さんというか、茶室のようなものを描いているんですか?
坂江
茶室というかあの頃、茶人の千利休が豊臣秀吉に殺されてるでしょ、それから100年も経ってない頃だから茶屋辻に描かれているような完璧な茶室が残っているはずがないんだよね。
だから茶屋染と、茶屋家と、その頃の建物といえば桂離宮、修学院離宮くらいなんですよ。模様と建物を比べて、私は修学院離宮だな、と思っています。だから修学院離宮に行って(実際見て)描いたりしたんです。私の作品は帯ですけど、本物は越後上布に雪晒の生地だから、あの頃の1番いい生地なんですよ。素材は麻で、本麻じゃなくて和苧(からむし)って言って、雑草なんですよ。川原なんかの横に生えてる大葉みたいな形の植物です。背丈が1メートル20センチくらいの草なんです。

修学院離宮がモチーフの「茶屋辻」
修学院離宮がモチーフの「茶屋辻」

坂江
それを福島県の山奥に今でもある昭和村っていうところに見に行って、行ってみたら川原にいっぱい生えていて、「自分でも採ってできるじゃん」って思いました笑。結局採れなかったんだけど、その地域の人が、そういうのを繊維状態にして、山の向こう側に持って行くんです。
安藤
山の向こう側の人がそれを織るわけですね?
坂江
そう。繊維状態のものを、織るわけです。
安藤
つまり全部分業なんですね、1人の人が1つの物をはじめから最後までやるというのは着物の世界ではないんです。特にこういう友禅といのは、描いたり、蒸したり、洗ったり、加工したりで、20人~25人くらいの手に渡ってやっとひとつのものができる。
だからあっちこっちでやってたんじゃ運ぶのが大変だから、京都の小さな町で、間口の狭い奥行きの長い「うなぎの寝床」みたいなところで、「ハイ、次」「ハイ、次」って、描いたり、染めたり、洗ったりっていうのをみんなでまわしてやっと1つの作品ができるということです。
だけど、昔は帯を何十本、着物も何百枚っていうのを一遍に作れるくらい需要が多かったから、そういう工房でも毎日みんな忙しくしてたんですが、今は帯3本、着物4枚なんて言ってるんじゃ食べていけないですよ。だからほとんど(工房を)閉めちゃったんです。
熊切
現在はそういうスタイルじゃないんですか?
安藤
だからもう、昔はデザインする人、色を付ける人、糊を担当する人ってみーんな違う人がやってた。だけど坂江先生は何から何まで全部! 1人でやってしまう。

坂江先生は一貫ですべてお1人で作業されますが、現在も京都では分業が基本だそうです。
坂江先生は一貫ですべてお1人で作業されますが、現在も京都では分業が基本だそうです。

坂江
私は東京だから。東京友禅だとそんなのないです。せいぜい(違う人がやるのは)下染めくらいです。以前はポロポロと何人かでやってたんだけど、(染色をする)人も少ないし、自分は絵を描くのが好きで染色を始めた人間だから、なんでもあり笑。
京都が分業だから技が「うまい」って言うじゃないですか。僕は、東京だから、それがおもしろくないんですよ。だから「糸目」に凝った訳です。
「色挿し」に凝った訳なんです。みなさんは、関東も関西も同じだろうと思っているかもしれないけど、職人の世界でもこっち(東京)は武家文化、京都は公家文化、大阪は商人文化で、それがもう、くっきり分かれています。普通の人はわかんないだろうなぁ。
熊切
武家、公家、商人の違い、確かにおもしろいですね~

歴史のお話は知れば知るほど、深いです。
歴史のお話は知れば知るほど、深いです。

坂江
遠景、近景、中景てあるでしょ、関東人は多色にしないのが大好きだから。
安藤
そう、関東は多色にしない!

複数の色を使用することを「多色」と言い、隣同士の色が混ざらないように、糊で「糸目」を引きます。
複数の色を使用することを「多色」と言い、隣同士の色が混ざらないように、糊で「糸目」を引きます。

坂江
どうしたら、鮮やかな色が出せるんだろうって、七転八倒してるんだけどね、現在は(染料は)いくらでもありますよ。
陶芸とかも派手ないろんな色がありますでしょ。私から言わせれば、それは日本の色じゃなくて中国の色です。ブルーは地中海の色だし、ローダミン(赤色の染料)のピンクは中国の色だと思うんですよ。日本の色っていうのは… 
安藤
藍ですよ、日本の色は藍色です。
坂江
藍色の中でも、日本の藍は葉っぱの藍です。タデ藍って言って葉っぱなんですね。ところが、インドの方の藍は豆科の植物なんです。海を渡ってアルゼンチンとかの地域の藍はまたちょっと違うんです。だから、いろんな植物で藍を採ったんですね。日本の藍色はタデ藍の藍なんです。
安藤
1番最初にできた色(染料)が藍なんですよね。
坂江
ただこれも元々は海外から持って帰ってきた(伝わった)んですよ。
安藤
昔は今みたいに化学染料がないですから、全部植物で色を出さなきゃならないでしょ。だから、藍に何を混ぜると緑になるとか、あれを混ぜたらこの色になる、というふうにして植物同士を混ぜていました。今はもう、何グラムと何グラムを混ぜると何色になるっていう教科書がありますので、簡単に科学染料ができるんです。
坂江
科学染料を使うようになったのは、明治以降です。ドイツの人がインディゴを発明するまでは、世界にはなかったんです。ブルーが1番最初の科学染料なんです。高校時代やりませんでした? 科学の授業で、インディゴ作り!
熊切
やっていません!
坂江
私の頃はあったんですよ。

坂江先生が使用する染料。どんな色に染まるのでしょうか。
坂江先生が使用する染料。どんな色に染まるのでしょうか。

次回の、連載第4回「細密友禅の歴史を語る」まだまだ続きます。お楽しみに!
2010年9月1日更新予定

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